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教王護国寺(東寺)



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教王護国寺(東寺) (京都市南区九条町)


古都京都の文化財 世界文化遺産・日本 東寺(とうじ)は、京都市南区九条町にある、空海(弘法大師)ゆかりの寺院である。宗派は東寺真言宗総本山。山号は八幡山、本尊は薬師如来である。「古都京都の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。

東寺の正式名として金光明四天王教王護国寺秘密伝法院と弥勒八幡山総持普賢院の2つの名称がある。

宗教法人としての公称は教王護国寺(きょうおうごこくじ、詳名は金光明四天王教王護国寺秘密伝法院)本項では創建以来使われてきた歴史的名称である「東寺」の表記を用いる。



概要

8世紀末、平安京の正門にあたる羅城門の東西に「東寺」と「西寺」(さいじ)という2つの寺院の建立が計画された。これら2つの寺院は、それぞれ平安京の左京と右京を守る王城鎮護の寺、さらには東国と西国とを守る国家鎮護の寺という意味合いを持った官立寺院であった。このうち東寺は後に弘法大師空海に下賜され、真言密教の根本道場として栄えた。

中世以降の東寺は弘法大師に対する信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として庶民の信仰を集めるようになり、21世紀の今日も京都の代表的な名所として存続している。何度かの火災を経て、東寺には創建当時の建物は残っていないが、南大門、金堂、講堂、食堂(じきどう)が南から北へ一直線に整然と並ぶ伽藍配置や、各建物の規模は平安時代のままである。

なお、羅城門を挟んで対称的な位置にあった西寺は早い時期に衰退し、現在は京都市南区唐橋の児童公園内に「史跡西寺跡」の碑があり、付近に「西寺」の寺名のみを継いだ小寺院が残るのみである。


「東寺」と「教王護国寺」

この寺には「東寺」および「教王護国寺」という2つの名称がある。

「教王」とは「王を教化する」との意味であり、「教王護国寺」という名称には、国家鎮護の密教寺院という意味合いが込められている。また、「東寺」という名称は単なる通称・俗称ではなく、創建当時から使用されてきた歴史的名称である。

古都京都の文化財 世界文化遺産・日本 平安時代から21世紀に至るまで、この寺はもっぱら「東寺」と称され、「教王護国寺」という名称は実際にはほとんど使われてこなかった。「教王護国寺」という名称は平安時代の記録類には一切見えず、正式の文書におけるこの寺号の初出は仁治元年(1240年)である。後宇多天皇直筆の国宝「東寺興隆条々事書」(延慶8年=1308年)や、南北朝時代に成立した東寺の正式の記録書である「東宝記」にも明確に「東寺」と表記されている。  
しかし、宗教法人としての公称は「教王護国寺」であり、たとえば、五重塔の国宝指定官報告示の際の指定名称は「教王護国寺五重塔」となっている。また、密教辞典においても、「教王護国寺」の名称で説明がある。つまり現在の寺院の名称としては、教王護国寺を用いることが正式である。



歴史

『東宝記』(南北朝時代に成立した、東寺の記録書)の記載によれば、東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、藤原伊勢人という人物が造寺長官(建設工事責任者)となって建立したという。藤原伊勢人という人物については、公式の史書や系譜にはその名が見えないことから、実在を疑問視する向きもあるが、東寺では古くからこの796年を創建の年としている。それから20数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である空海は、嵯峨天皇から東寺を賜った。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。

弘法大師空海(774年−835年)は、讃岐国(香川県)出身の僧。真言宗の開祖であり、東寺と高野山(金剛峯寺)の基礎を築いた実在の人物であるが、後世には空海自身が「お大師様」として信仰の対象となり、なかば伝説化された存在となっている。30歳頃までの青年期には奈良の寺々で学問にはげみ、山林に分け入って修行していた無名の僧であった空海は、延暦23年(804年)、留学生(るがくしょう)として唐に渡った。彼は当時の唐の都・長安(現・西安)で青竜寺の恵果和尚に師事し、密教の奥義の伝授を受け、2年後の大同元年(806年)に帰国した。空海が、若い頃に修行したことのある高野山を下賜されたのは弘仁7年(816年)のことであり、その7年後の弘仁14年(823年)に東寺を下賜されている。

東寺は平安後期には一時期衰退するが、鎌倉時代からは弘法大師信仰の高まりとともに「お大師様の寺」として、皇族から庶民まで広く信仰を集めるようになる。中でも空海に深く帰依したのは後白河法皇の皇女である宣陽門院(1181年-1252年)であった。宣陽門院は霊夢のお告げに従い、東寺に莫大な荘園を寄進した。また、「生身供」(しょうじんく、空海が今も生きているがごとく、毎朝食事を捧げる儀式)や「御影供」(みえく、毎月21日の空海の命日に供養を行う)などの儀式を創始したのも宣陽門院であった。空海(弘法大師)が今も生きているがごとく朝食を捧げる「生身供」の儀式は、21世紀の今日も毎日早朝6時から東寺の西院御影堂で行われており、善男善女が参列している。また、毎月21日の御影供の日には東寺境内に骨董市が立ち「弘法市」「弘法さん」として親しまれている。

中世以後の東寺は後宇多天皇、後醍醐天皇、足利尊氏など、多くの貴顕や為政者の援助を受けて栄えた。文明18年(1486年)の火災で主要堂塔のほとんどを失うが、豊臣家、徳川家などの援助により、金堂、五重塔などが再建されている。



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東寺散策





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