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富士山



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富士山 (静岡県、山梨県)


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本
名称 …… 富士山―信仰の対象と芸術の源泉
所在地 …… 静岡県、山梨県
登録年月 …… 2013年6月

富士山は、静岡県と山梨県にまたがる活火山である。

標高3,776メートル、日本最高峰(剣ヶ峰)の独立峰で、その優美な風貌は日本国内のみならず日本国外でも日本の象徴として広く知られている。数多くの芸術作品の題材とされ、芸術面でも大きな影響を与えた。懸垂曲線の山容を有した玄武岩質成層火山で構成され、その山体は駿河湾の海岸まで及ぶ。



富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 古来より霊峰とされ、特に浅間大神が鎮座するとされた山頂部は神聖視された。噴火を沈静化するため律令国家により浅間神社が祭祀され、浅間信仰が確立された。また、富士山修験道の開祖とされる富士上人により修験道の側面が築かれ、登拝が行われるようになった。これら富士信仰は時代により多様化し、村山修験や富士講といった一派を形成するに至る。現在、富士山麓周辺には観光名所が多くある他、夏季には富士登山が盛んである。

2013年(平成25年)6月22日、世界文化遺産(日本では13か所目)に登録された。


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 地質学上の富士山と歴史

典型的な成層火山であり、この種の火山特有の美しい稜線を持つ。

富士山は4段階に分けて形成され、もっとも古い先小御岳は数十万年前の更新世にできた火山である。また、古富士は8万年前頃から1万5千年前頃まで噴火を続け、噴出した火山灰が降り積もることで、標高3,000m弱まで成長した。最終氷期が終了した約1万1千年前、古富士の山頂の西側で噴火が始まり、溶岩を大量に噴出した。この溶岩によって、現在の富士山の山体である新富士が形成された。


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 噴火

800〜802年に延暦噴火、864年に青木が原溶岩を噴出した貞観大噴火。最後に富士山が噴火したのは宝永4年(1707年)の宝永大噴火で、噴煙は成層圏まで到達し、江戸では約4cmの火山灰が降り積もった。また、宝永大噴火によって富士山の山体に宝永山が形成された。その後も火山性の地震や噴気が観測されており、今後も噴火の可能性が残されている。

宝永大噴火以来300年にわたって噴火を起こしていないこともあり、1990年代まで小学校などでは富士山は休火山と教えられていた。しかし実際にはいまだ活発な活動が観測されており、また気象庁が休火山という区分を廃止したことも重なり、現在は活火山に区分されている。



富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 生態系

富士山は標高は高いが、日本の他の高山に比較すると高山植物などの植生に乏しい。これは富士山が最終氷期が終了した後に山頂から大規模な噴火が繰り返したために山の生態系が破壊され、また独立峰であるため、他の山系からの植物の進入も遅れたためである。しかし、宝永山周辺ではいくらか高山植物が見られる。山の上部ではタデ科オンタデ属のオンタデ(御蓼)、山腹ではキク科アザミ属のフジアザミ(富士薊)が自生している。中部山岳地帯の高山の森林限界の上にはハイマツ帯が広がっているのが通例であるが、富士山にはハイマツ帯は欠如し、その代替にカラマツ林が広がっている。



語源

富士山についての最も古い記録は、奈良時代初期の『常陸国風土記』における「福慈岳」という語であると言われている。また他にも多くの呼称が存在し、不二山もしくは不尽山と表記する古文献もある。

また、『竹取物語』の最終章では、かぐや姫から不老不死の薬を授けられた帝が、家臣に命じて不老不死の薬を駿河国にある天に一番近い日本で一番高い山の山頂で焼くという描写があり、結びは「つわもの(兵士)らを大勢連れて山へ登った事から、その山を”富士の山(士に富む山)”と名付けた」となっている。

「フジ」という長い山の斜面を表す大和言葉から転じて富士山と称されたという説もある。 その他の語源説として、アイヌ語語説・マレー語説・マオリ語説・原ポリネシア語説などがある。


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 富士信仰

富士信仰においては明確な定義はないが、富士山を神体山として、また信仰の対象として考えることなどを指して富士信仰と言われる。特に富士山の神霊として考えられている浅間大神とコノハナノサクヤビメを主祭神とするのが浅間神社であり全国に存在する。浅間神社の総本宮が麓の富士宮市にある富士山本宮浅間大社(浅間大社)であり、富士宮市街にある「本宮」と、富士山頂にある「奥宮」にて富士山の神を祭っている。

また、徳川家康による庇護の下、本殿などの造営や内院散銭取得における優先権を得たことを基に江戸幕府より八合目以上を寄進された経緯で、現在富士山の八合目より上の部分は登山道・富士山測候所を除き浅間大社の境内となっている。登山の大衆化と共に村山修験や富士講などの一派を形成し、富士信仰を形成してきた。



富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 美術における富士山

富士山絵画は平安時代に歌枕として詠まれた諸国の名所を描く名所絵の成立とともにはじまり、現存する作例はないものの、記録からこの頃には富士を描いた名所絵屏風の画題として描かれていたと考えられている。現存する最古の富士図は法隆寺献納物である延久元年(1069年)の『聖徳太子絵伝』(東京国立博物館)で、これは甲斐の黒駒伝承に基づき黒駒太子が富士を駆け上る姿を描いたもので、富士は中国絵画的な山岳図として描かれている。

鎌倉時代には山頂が三峰に分かれた三峰型富士の描写法が確立し、『伊勢物語絵巻』『曽我物語富士巻狩図』など物語文学の成立とともに舞台となる富士が描かれ、富士信仰の成立に伴い礼拝画としての『富士曼陀羅図』も描かれた。また絵地図などにおいては反弧状で緑色に着色された他の山に対して山頂が白く冠雪した状態で描かれ、特別な存在として認識されていた。

室町時代の作とされる『絹本著色富士曼荼羅図』(富士山本宮浅間大社所蔵、重要文化財)には富士山とその富士山に登る人々や、禊ぎの場であった浅間神社や湧玉池が描かれており、当時の様子を思わせるものである。また、富士山は三峰型富士で描かれている。


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 江戸時代には明和4年(1767年)に河村岷雪が絵本『百富士』を出版し、富士図の連作というスタイルを提示した。浮世絵のジャンルとして名所絵が確立すると、河村岷雪の影響を受けた葛飾北斎は晩年に錦絵(木版多色摺)による富士図の連作版画『冨嶽三十六景』(天保元年1831年頃)を出版した。多様な絵画技法を持つ北斎は大胆な構図や遠近法に加え舶来顔料を活かした藍摺や点描などの技法を駆使して中でも富士を描き、夏の赤富士を描いた『凱風快晴』や『山下白雨』や荒れ狂う大波と富士を描いた『神奈川沖浪裏』などが知られる。

また、歌川広重(安藤広重)も北斎に後れること『不二三十六景』『冨士三十六景』を出版し、広重は甲斐国をはじめ諸国を旅して実地のスケッチを重ね作品に活かしている。『東海道五十三次』でも、富士山を題材にした絵が多く見られる。北斎、広重らはこれらの連作により、それまで富士見の好スポットと認識されていなかった地点や、甲斐国側からの裏富士を画題として開拓していった。


文学における富士山

富士山は和歌の歌枕としてよく取り上げられる。また、『万葉集』の中には、富士山を詠んだ歌がいくつも収められている。

田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける (山部赤人)

『新古今和歌集』から。富士の煙が歌われている。

風になびく富士の煙の空にきえてゆくへもしらぬ我が心かな (西行)

中世から近世には富士北麓地域に富士参詣者が往来し、江戸期には地域文芸として俳諧が盛んであった。近代には鉄道など交通機関の発達や富士裾野の観光地化の影響を受けて、多くの文人や民俗学者が避暑目的などで富士へ訪れるようになり、新田次郎や草野心平、堀口大學らが富士をテーマにした作品を書き、山岳文学をはじめ多くの紀行文などに描かれた。

富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 富士山麓に滞在した作家は数多くおり、武田泰淳は富士山麓の精神病院を舞台とした小説『富士』を書いており、妻の武田百合子も泰淳の死後に富士山荘での生活の記録を『富士日記』として記している。津島佑子は山梨県嘱託の地質学者であった母方の石原家をモデルに、富士を望みつつ激動の時代を過ごした一族の物語である『火の山―山猿記』を記した。

太宰治が昭和14年(1939年)に執筆した小説『富嶽百景』の一節である「富士には月見草がよく似合ふ」はよく知られ、山梨県富士河口湖町の御坂峠にはその碑文が建っている。直木賞作家である新田次郎は富士山頂測候所に勤務していた経験をもとに、富士山の強力(ごうりき)の生き様を描いた直木賞受賞作『強力伝』や『富士山頂』をはじめ数々の富士にまつわる作品を執筆している。

高浜虚子は静岡県富士宮市の沼久保駅で降りた際、美しい富士山を見て歌を詠んだ。駅前にはその歌碑が建てられている。

とある停車場富士の裾野で竹の秋/ぬま久保で降りる子連れ花の姥


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 さまざまな表情の富士山

◇ 赤富士 …… 夏の朝、露出した山肌が朝焼けにより赤くなった姿。葛飾北斎をはじめとした画家が「赤富士」を描いた絵画を残した。
◇ 紅富士 …… 雪化粧した富士山が朝日や夕日で紅色に染まる姿。
◇ 逆さ富士 …… 波立ちが少ない水面に映る逆さの富士山の光景。五千円札の裏の図案に、本栖湖の逆さ富士が使用された。


富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 ◇ ダイヤモンド富士 …… 太陽が昇った時または沈む時、太陽が富士山の頂上と重なり、富士山の頂上付近がダイヤモンドのように光る現象。富士山が見える西、あたは東の場所から、年に2回見ることができる
◇ 影富士 …… 朝日や夕日で富士山の山容の影が周囲に映し出される風景。富士山登山時に山の上部から、雲海の上に見られる場合がある。
◇ 笠雲 …… 笠雲とレンズ雲を伴う。富士山の頂上に傘をかぶせた雲がある風景。その際は、次第に麓では曇りまたは雨になることが多い。



富士山(ふじさん) 世界文化遺産・日本 世界遺産へ

2013年6月22日にカンボジアのプノンペンで開催されていた世界遺産委員会で富士山は世界遺産に登録された。なお、国際記念物遺跡会議が除外すべきとしていた三保の松原も含まれることとなった。世界遺産としての正式な名称は「富士山−信仰の対象と芸術の源泉」となった。






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富士山絶景スポット(静岡市)





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富士山信仰の祭り 胎内祭と富士講(山梨県富士吉田市)





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